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私の絵画論   - 松永 徹也 -

事務局を担当している関係で、早い順番で、このコラムを書かねばならい事になったが、残念ながら私には絵画論などを書くという大それた資格は全くといって良いほど持ち合わせていないが、いずれ順番が回ってくることでもあり、敢えて駄文を書かせて頂くことをお許し頂こうと思う。

私が絵に興味を持つようになったのは、父親が絵を描いているのを見て育った事がきっかけだとは思う。しかし会社生活の間は絵を描くなどというゆとりは無く、リタイア後にカルチャー教室に通うようになって初めて絵と向き合うようになった。約10年になる。

水彩画を描く事にした理由も思いつきで、当時老いた父母の介護をせねばならず、手間の少ない画材を選んだことに始まる。3年前に父が100歳で、今年8月母が94歳で亡くなっても、今では水彩画の奥深さにすっかりはまってしまい、油彩を描くように薦められても、なかなか転向する気になれない。

私は絵を描き始めたのが遅かったし、あと何年描けるかを考えると時間は少ない。そのため絵は難しく考えないで楽しむ事にしている。その姿勢は怠惰の一言に尽きる。

私は風景画が好きである。海外、国内を問わず旅先の風景に感動すると、ここを絵にしたいと思う場所で何枚も写真を撮る。スケッチを描くのではなく、スケッチを撮るのである。家内を連れ、忙しい旅の合間の短時間に、風景を網膜に焼き付けるのである。前回の喜田さんの絵画論ではやってはいけないと言われている事を、私はやってしまっている。年齢や時間を考えるとこれしかないと私は割り切っている。乞うご批判。貼り付けた絵は、水彩をやりだして4年目に日本水彩展に初出品にも拘らず入選できた絵(40号)である。銀座二丁目交差点の風景で、これも随分写真のお世話になった。銀座の真ん中でスケッチする度胸も無く、交通の妨げにもなる。その代わり現場には何度も通って光線や、影や歩行者の細部の確認をしたことを思い出す。10号、20号、40号2枚、あわせて4枚同じ絵を描いて仕上げたものである。

一方、私は人物画の教室に月に2回通ってコスチュームや裸婦のモデルを描いている。特に裸婦は神の造られた造形美の極みであり、描きたい意欲は湧くが、デッサン力や色彩感覚を厳しく問われる。ここでは対象を見極めて忠実に描き取るしかないのである。この様に私は人物画を通して現物を描く目を養う勉強をしているつもりである。

最近の2年、公募展に風景画を出品し、幸い入選しているが、これからは風景と人物の融合画面に挑戦してみたいと思っている。

 

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