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私の絵画論

人間の精神史としての美術   -第3編-

我々はどこから来たか
  我々とはなにか
    我々はどこへ行くのか     

ゴーギャン

村上啓一

人間の精神史としての美術  
青梅の奥多摩川渓流に沿う川合玉堂美術館で玉堂の幼少時代の蝉のデッサンを見たことがある。正確微細な写実性に実物を超えるような真実性を見て心うたれた。雪舟?が寺小僧をしていた頃、いたずらをして柱にしばりつけられたとき足を使って流した涙でネズミを描いた。そのネズミがあまりに上手だったので寺のみんなが驚いたという。画法がどんなに変容しても写実力が絵を描くうえの基礎であると思う。正岡子規が俳句や短歌で写実性を強調したのは写実性のなかに真実があると思ったのであろう。また京都の高山寺で鳥羽僧正の鳥獣戯画を見た。そこに日本の絵の源流に時の流れに沿った物語性があると思った。雪舟や大観の四季や人生の絵にも時の流れに沿って描いた大作がある。文芸評論家の丸谷才一氏が日本の私小説を批判して源氏物語いらいの物語小説を推奨している。私小説や短歌に写実性を唱揚したのは19世紀の西欧小説や絵画の自然主義が矮小化されて移入され日本の物語性が忘れられたのであろうと思う。

写実力と物語力の二つが絵を描くうえの基礎だと考えてわが作品をかえりみると汗顔のいたりである。2008年の「人間の精神史としての美術」論の末尾に見ていただく方に喜んでいただけるような絵を描きたいと書いた。これを総務担当の粟根さんが思い出しOB美術展出展の拙作を自己評価せよとのご下命をいただいた。冷や汗を計る思いだ。春秋のOB美術展の参観者は1000人を超える。そのとき拙作に気付いて付言される方は10名くらいなので評点CSは1%といえるであろう。なお年賀状を交換している知人200人のうち拙作にふれていただける方も10人くらいおられるのでこれならCS5%といえるかもしれない。

「人間の精神史としての美術」のカット図に使ったゴーギャン「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」の現物を新国立美術館 のゴーギャン展でみた。禅僧良寛は自作の詩で「我が生いずこより来る、去っていずこにかゆく」とまた鴨長明の方丈記にも「不知、生まれ死ぬる人、いずかたより来りて、いずかたへか去る」とあり ゴーギャンと同じ自問をしているのを知りおどろいた。不思議なことにゴーギャンの「我々は何者か」という疑問をとくカギが見当たらない。そのカギを三蔵法師訳の「般若心経」に見つけた。そこに人は「有我」を捨て「無我」に徹せよと説かれている。 ゴーギャンの有我「我あり」を前提にした「我々は何者か」という自問はお釈迦様に否定されているのだ。「我思う故に我あり」と云ったデカルトと空を説いた釈迦との差 おおげさにいえば「西と東の文明の差」といえるであろう。ゴーギャンは終生の大作の物語性のなかに西と東を統合したのであろう。

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