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美術サロン

私の絵画論 

ドラマチック、カラバァッジオ - 酒井康彦 -

ルネッサンス期最後の画家と言われ、バロック絵画の創始者とも言われたカラバァッジオは1571年に、イタリアのミラノで生まれている。年とともに私の好きな絵画は変わっているが、最近では、フェルメールと共に私の好きな画家がカラバァッジオだ。

しかしフェルメールと違いカラバァッジオの生涯は短かったが、まさに波乱盤上であった。35才の時にチンピラとの争いから相手の男を殺し、捉えられて、死刑を宣告されてしまう。それまでの彼は、画家として急速に名声を得ていたにもかかわらずの行為である。当時のカラバァッジオは、絵を描きながら放蕩三昧の生活を送っていたと言われている。その結果としての喧嘩であり殺人であった。この激情こそがあの舞台の名場面のような、ドラマチックな数々の絵を描く原動力であったように思う。反社会的行動と名作と、極端ではあるが人間の根源を表示していたのかもしれない。 それを、シェークスピアは芝居にし、カラバァッジオは絵にした。ムンムンするほど、人間くさい人間を登場させる。しかしどこかにその人間や人間たちを愛してやまない作家の心をいやと言う程、感じさせるテクニックは、ものの見事という他ない。天才といわれるゆえんだろう。だから飽きない。世代を越えて、時代を越えて名声を保っている理由が判る。

私は疲れた時に、フェルメールとともにカラバァッジオの絵を見る。フェルメールの人間観もカラバァッジオの人を見る目も同じような深さで感じられるからだ。彼は脱獄する。彼の絵を愛するパトロンの貴族が脱獄させたからだと言われている。貴族の館にかくまわれ、注文の絵を描いた。描き終えると又、逃げた。そして又別の貴族の館で描いた。この繰り返しだった。こうして3年間にわたり後に名作として世に残る絵を描いた。そしてようやくパトロン貴族達の働きにより死刑が許されることになり、ローマに帰る途中、熱病により死亡した。享年38歳。短命を予感したかのような彼の絵を見ていると、その感情表現の激しさがメリハリを利かせた光と影に躍っている。そこには迷いが一切ない。照明を絞り込み光量を極大にして光の中の人間達をクローズアップさせる。まさに舞台の名場面だ。こんなにシンプルでしかも深い絵を描く作家は、きっと無類の人間好きだったと思う。そうでなかったらこんなに人間を描きわけられるはずがない。

モチーフを愛し、モチーフに入り込むことが絵を描く心得かもしれない。だからこそ、描いているときは夢中になれる。他のことは考えられない。頭の中は,空(カラ)だ。「空(カラ)バァッジオ!」・・・・ん?

 

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