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リレー随筆 第16回  

「ゴッホのお導き」 - 福室 正 -

平成17年4月に「ゴッホ展」が竹橋の「東京国立近代美術館」で開催された。これを観るべくある日妻と車で出掛け、北の丸公園の駐車場に車をとめた。所が、会場に行って見ると長蛇の列。1時間は待たなくてはならず、また、仮に我慢して並んで入館した所で人の頭を見るだけになるのは目に見えていた。それに、その後友人宅に回る予定があったので、後日再挑戦することにして諦めた。せっかく車を駐車したのだから北の丸公園でもチョト散歩して行こう、と言う事になり入っていったら、池の傍でスケッチをしているグループに出会った。丁度、お昼時で一休みする所だったらしいので、妻が中の一人に声を掛けてその教室が「中野サンプラザ」である事を教えてもらった。「とてもいい先生ですよ」と言うその人の言葉に何となく魅力を感じた。これが今習っているO先生との巡り合いのきっかけである。

私は中学高校時代は美術部に所属してお遊びに石膏デッサンなどをやっていたが、社会に出てからは絵を描く事は全く無かった。仕事をこなすだけで手一杯だったからである。しかし、ニューヨーク駐在時代はメトロポリタン美術館を始め、多くの美術館巡りをしたし、日本に帰任してからも国内の美術館や展覧会は勿論、年に2〜3回はあった海外出張時など可能な限りその地の美術館を訪れるようにした。そして定年後は是非絵を描きたいと思っていたが、64歳の初め頃、そろそろ完全リタイアが迫ってきてようやくスタートする事が出来た。手始めに友人に勧められた「S学園」のカルチャー教室に入ったが、これは大失敗。その教室では殆ど何も教えてくれなかった。生徒が写真を題材に勝手な大きさの紙(要するに葉書大から4号位までの小さい紙)に勝手に描いて終わり。先生は「いいですね。綺麗な色が出ていますよ」などと適当な事を言っているだけ。これでは駄目だと思い、どこか別の教室を探そうと思っていた所に、「ゴッホのお導き」があった訳だ。

O先生の教室の先輩には「教室に入るまでは絵具も筆も持っておらず、先生に用意してもらった」と言う人も何人かいるが、こうした人達も私よりはずっと上手い。如何に先生の指導が良いかと言う事である。O先生は基本は懇切丁寧に教えてくれるが、後は生徒の伎量、個性に合わせた指導をしてくれて、決して自分のやり方を押し付けない。従って生徒の絵は皆それぞれに個性的である。
教室では中版全紙(大体F20号相当)を使用し、カリキュラムには石膏デッサンや人物(着衣と裸婦両方)もあって、指導内容そのものはかなり高度だと思う。日頃の先生の指導語録から拾ってみると、「デッサンはしっかり、よく測る癖を付けるように」、「対象物を写すのではなく絵を描く」、「初めから色をしっかり着ける」、「薄い色を何度も重ねると濁る」、「絵の良し悪しを決めるのは構図」等々。これ等が身に付いているかどうかは自信がないが、絵を描く時常に心掛けている積りだ。

さて、ゴッホを観る件はどうなったか。後日、ある雨の金曜日の夕方地の利を生かして(私は新宿区に住んでいるので)早や目の晩御飯を済ませて行ってみた所、読み通り行列は無く「上手くやった」積りで入館した。所が、中はすごい人混みでとても絵など鑑賞する雰囲気ではなかった。特に有名な「星空のテラス」は展示場所がコーナーだった為人の流れが滞ってしまって、近づく事も出来ず、人の頭越しにチラッと見ただけだった。幸い、平成18年の春、フェルメールの「デルフト眺望」を観る目的でオランダへ行った時、「クレーラー・ミューラ」や「ゴッホ美術館」でゴッホもゆっくり鑑賞する事が出来た。だが私にとってはゴッホの絵を沢山見た事より、「ゴッホ展」が縁でO先生に巡り合った事の方がずっと価値が大きい。

O先生は春秋の「日立OB美術会展」には毎回来て全作品を観て回ってくれる。





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