「一枚の絵」 -天野 雅之-
無言館に「家族」と言う絵が有る。何の変哲も無い、昭和初期の少し裕福な両親とその子供達を描いた記念写真的な油絵である。二十代で戦場に散った作者の兄が、絵を見て言った事が記されていた。
「弟がこの様な絵を描いていた事は知らなかった。我が家は貧しい農家で、一度もこの様に盛装し、こんな幸せそうな雰囲気に浸ったことは無かった。恐らく弟は、貧しい両親が苦労をして美術学校に通わせてくれた事に感謝して、自分の夢見る理想の家族像を描いたのでしょう」と。
これを読んだ時、ここに有る絵には、仮に絵画的な価値が乏しくても、生き残った親族や友人達にとって、物語が有るのだ。現代に生きる我々も、何がしかを各々の絵から読み取る事で絵の価値を別な意味で見つける事が出来るかも知れないと感じながら後にした。
外は、蝉の声に包まれ、真夏の太陽が射し、一段と汗が噴き出した。
知らぬ者同士で「暑いですね」と言って、何となく「ホット」した気分に成った平和ボケに活が入った一日だった。
(注)「無言館」 無言館は、平成九年信濃上田市に開館した私設美術館で、第二次世界大戦中、志半ばで戦場に散った画学生達の残した絵画や作品、イーゼル等の愛用品を収蔵、展示している。
(注)この記念エッセイ集は平成24年4月に会員に配布されたものですが、心うつ内容が多々あり、しばらくの間継続掲載致します。
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