私の絵画論
水墨画の世界 〜水墨画の基本と動向〜 - 市川 武弘 -
日立OB美術会では、水墨画を描く人が少ないが水墨画の展示会は数多くある。最近、もともと水を多く含んで描く共通性のある水彩画から入る人も多い。水墨画は日本古来の伝統的文化の一つとして現代の国際化にふさわしいものであると同時に、文部科学省の「小学校学習指導要領」にも方針として掲載されており、水墨画を描く人が確実に増えてきている。
水墨画は墨(黒)一色で「墨に五彩あり」、「黒は究極の色」と言われ、色彩を超越した色と紙の余白による独自の美の世界を形成する日本の伝統的芸術と言える。
また、水墨画は墨一つで濃淡、潤渇の度合いにより山水草木、動物、人物など森羅万象を描く万能の芸術とも言える。
水墨画の歴史は古く、中国「漢」の時代の白描法(注1)に源を発したと言われている。日本には鎌倉時代後期、中国「宗」、「元」時代に仏教伝来と同時に禅僧とともに山水画として伝わり、室町時代に雪舟が自ら中国に渡って中国の絵画を学び、日本独自の様式の画風を創始した。安土桃山時代、狩野派による山水画から花鳥画に移りそれまでの厳しさ、簡潔さが薄れてきた。江戸時代後期、清国から南画が伝わり文人画と呼ばれた。そして明治以降に横山大観、川合玉堂などらにより新しい近代水墨画が創造されて現代に至っている。
それでは、水墨画を描く場合の基本はどんなものものだろうか。(注2)
- 水墨画は墨色の濃淡の美しい諧調が大切。
墨の黒と和紙の白が調和し、互いに融和して水墨画の美が形成される。
- 水墨画は墨色と紙の美しい浸潤(にじみ)の調子が大切。
墨の美しいニジミの諧調によって、情感を伴った無現の変化や墨色の濃淡の調子がこの浸潤(にじみ)によって美しい幽玄な調子をかもし出す。
- 水墨画では何も描かれていない余白に対する十分な認識と感覚を持つことが大切。
何も描かれていない部分の紙の白さと描かれている黒色のバランス、コントラストが大事である。
- 水墨画は一点一線もおろそかにできない精神と技の芸術。
精神的な行である水墨画は描き損じができない。そのため全身全霊をそそいで、一筆入魂で描くことが大事である。
このように水墨画は墨色の秀潤、濃淡の美しい変化、紙と墨の融け合ったにじみの美しさと無限なる変化、墨の黒と紙との旋律によって生まれる余白の美しさ、そして単なる目前の自然や事象の模倣ではなく、心で感覚し精神で捉えたものの本質を表現するものである。
今日の水墨画は日本画の分類になるようだが、もともと水墨画が基になって淡彩画や日本画へとなっている。今後の水墨画は古典的な山水画、花鳥風月画などから精神性豊かに、墨と水で自由に画題も豊かに創作され、精神表現された水墨画になってゆくのではないか。
今私はこの日立OB美術会展出展のために来年の干支「昇龍」(右絵)を描いている。これこそ水墨画の真骨頂ではないかと思う。今まで出品したなかで最も水墨画らしく描けた気がする。それは、水墨画の基本にもある精神的な行のことであるが、自然に神々しく見えてくるのだ。本当に水墨画は奥が深く、そして楽しい。
注1 墨の筆線を主体として描かれた絵画
注2 出展:山田玉雲「水墨画を描く場合の基本的な要点」
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