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リレー随筆 第9回  

絵を画いて子孫に残そう - 萩原 茂 -

物事に起承転結という言葉があるが、これを人生に置き換えて考えると私はすでにこの「結」の部分の、それも終わりに近い部分に来ており、もう人生の結び方を考えねばならぬ時期に来てしまったことになる。

こうした時期、自叙伝(自分史)を書いて子孫に残そうとする人が多くいるという。しかし自ら過ごしてきた人生行路を、冷静に、しかも、ありのままの形で描き残すことは、実はなかなか厄介なことである。特に何らかの教訓を含みながら、尊敬される父親像を残そうと思うと尚更のことである。

だから私は、敢えて自分史は書かないことにした。その代り私は絵を画いて後に残すことにした。絵のほうが正直に、しかも赤裸々に自分を出せそうな気がしたからである。

絵には虚飾や無意味な誇張もなく、すっかり人生に疲れ果ててしまった素顔の自分が、恥ずかしげに、色だとか、形に姿を借りて、図面に写し出されているように思えるからである。

この絵を子供達や孫達のいる家の居間や廊下や、あるいはトイレでも良い、どこか隅の方に飾ってもらい、人生の熾烈な戦いに疲れて、暫しの憩いを求めている彼等に、「分かっているよ。さあ休み給え、人生焦ることはないよ。ゆっくり休んで、それからどう生きたら良いかを考え給え」と目を細めて語ってやれたらいいなあ等と考えたりしている。

風景画だけを見て、どうしてそんなことが分かるのかと疑問に思う人がいるかも知れないが、血の繋がっている子供や孫達は、その絵の近影の大木の蔭や遠景の青い山脈の端に腰を落としている私を見つけて、私の言わんとすることを懸命に読み取ってくれる筈だと私は一人で信じている。

(追記)家族達は私の作品がどんどん増えていくので、どう処分したらいいか相談をしているようだ。つまり、これらをどんどん発生する粗大ごみとしか見ていないようなので困っている。

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